『アイ・アム・サム』と聞いてまずアメリカの人が思い浮かべるのはドクター・スースという名前のはずです。(↑の絵ですね)
これはアメリカで育つ子供たちが最低でも一度は読むはずの絵本であり、絵本作家さんです。(たいていの子は何度も何度も読むはず)
この絵本作家は日本ではあまりよく知られていません。何故かというと、その絵本はどれもこれも「韻を踏む言葉」で綴られているからです。つまりは絵本版のラップですね。美しく、楽しい韻を繰り返すことで子供たちに「言葉」に対する親しみを深めさせて行く、それがドクター・スースの絵本なんです。


         ←スース先生

では具体的にどんな感じなのかというと

Then Sally and I
Saw Them run down the hall.
We saw those two Things
Bump ther kites on the wall!
Bump! Thump! Thump! Bump!
Down the wall in the hall.

ね? この言葉のリズムのおもしろさを日本語に翻訳しようとしても、それはちょっと無理って感じでしょ? 

同じように欧米ではとても有名なマザーグースという一連の詩がありますが、これもやっぱりいろいろと日本語訳が試みられてはいるけれど、原文の持っている「音」のリズムが失われてしまい、だから、読んでいても欧米の人たちが感じるほどの楽しさは受け止められないように思います。
たとえば、こんな感じ。

Who killed Cock Robin?
誰がコマドリを殺したの?
I, said the Sparrow.
私、とツバメが言いました
With my bow and arrow,I killed Cock Robin.
弓と矢で私が殺しました。

Who saw him die?
彼が死ぬのを誰が見ていたの?
I, said the Fly,
私、とハエが言いました
With my little eye,I saw him die.
私がこの目で、見てました。

Who caught his blood?
誰がその血を受けたの?
I, said the Fish,
私、と魚が言いました
With my little dish,I caught his blood.
ちいさな皿で私が受けた

Who'll be the parson?
誰が牧師になるのだろう
I, said the Rook,
私、と鶏が言いました。
With my little book,I'll be the parson.
聖書を持ってる私がなろう

ほら。原文はちゃんと韻を踏んでる(Sparrow と bow and arrow のように)けれど翻訳すると、そういう言葉のリズムは失われてしまいます。
それが「イメージの広がり」を消し去ることにつながり、ぜんぜん違う物たちが「音の響き」という一点で手をつなぐ感じのおもしろさが失われ、結果として「意味不明」「抽象的」というふうに受け取られてしまうことになります。
それがマザーグースがあまり日本の子供たちの間で根付かない理由だろうとぼくは考えます。

だから、たとえば『バットマン』の舞台となっている街が〈ゴッサム・シティー〉と名付けられていても、その名前からマザーグースを連想し、マザーグースの一編の中に「ゴッサムの街には愚か者しか住んでいない」というのがあったな、と思い出してニヤリとする、なんて芸当は、ぼくたちには出来ないわけです。『バットマン・フォーエバー』の悪役トゥー・フェースはシュガーとスパイスという女性を従えているけれど、やっぱりマザーグースの『女の子は何でできてるの?』という詩を思い出し、女の子はシュガーとスパイスで出来ている、なんて口ずさんだりすることは、ほとんどの日本人には出来ないわけです。ちなみに男の子は蛙とカタツムリと子犬のしっぽで出来ているんだよ)

           ←トゥーフェースとシュガー&スパイス

マザーグースと同じようにドクター・スースもさまざまな映画の中で引用されていますが、スースについて知らない日本の観客にはピンと来ないことが多いようです。
たとえば『シックス・センス』の冒頭で「あなた、ドクター・スースみたいな喋り方になってるわよ」なんて台詞があるけれど、ドクター・スースを知らなければ、この台詞の意味はよくわかりませんよね。『ユー・ガット・メール』ではメグ・ライアンのお店のお勧め本コーナーにドクター・スースの絵本が並んでいて、それがつまりは、この絵本屋さんは昔ながらの伝統を守ったお店だってわかる仕掛けになっています。

さて、『アイ・アム・サム』ですが、この「I am Sam」という文章はドクター・スースの『Green eggs and Ham』という絵本の中に出てきます。『緑の卵とハム』という食べ物についての物語です。映画の主人公サム(ショーン・ペン)はこの絵本の愛読者という設定になっていましたね。で、この『グリーン・エッグと卵』という料理、絵本の中でも気持ち悪がられていますが、じつは、食べてみるととてもおいしいんです。ぼくはフロリダの『アイランド・オブ・アドベンチャー』というテーマ・パークに遊びに行った時にこれを食べました。そのスピルバーグ・プロデュースによるユニバーサル・スタジオの新しいテーマ・パークには『スース・ランディング』というドクター・スースの絵本をテーマにしたアトラクション・エリアがあって、そこにこの世にも奇妙な料理を出すレストランがあったわけです。

スース・ランディングの入り口

←このお店で食べられます。

そうかあ、グリーン・エッグとハムってこういう味だったのかあ。
絵本でしか見たことのない食べ物を口にしながら、しみじみと「物語の中に入って行く感激」を味わった思い出があります。

さて、『アイ・アム・サム』をひとつ例にとっても、日本の観客のほとんどの人にとっては馴染みのない欧米の文化が物語の根底に横たわっているのがわかってきます。
そういうことをぜんぜん知らないままでいても『アイ・アム・サム』を充分に楽しむことはもちろん出来ますがーーことに父と娘の話のようでいながら、これはじつは女性たちの物語である、という部分で、単なるお涙ちょうだい映画とは一線を画している傑作だと言うことがわかるはずですーーここでご紹介したようにドクター・スースの絵本についての知識があれば、そしてもちろんビートルズについての知識があれば、この映画はもっともっと大きく豊かに広がって行くはずです。
(『アイ・アム・サム』とドクター・スースの関係について、誰か書いている人がいないかなと思ってネットで検索してみたら、ちゃんととても素晴らしい分析をしてらっしゃる方を発見し出来ました。本当はここで書こうと思っていたことが、そこにはちゃんとすでに記されているので、もっと詳しく映画と絵本との関係性について興味がおありの方は以下のアドレスを訪問してみてください。
                http://www.unzip.jp/cinema_p/01/index.html
ーーこういうことが出来るのもネット版LOOKの強みだなあーー)

今回からネット上にお引っ越しして発展継続させようとしているこのLOOKは、こんな風にして、映画をもっと理解するための手引きになりたいと思っています。

今後ともよろしくお願いします。